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![]() すっかりブログ離れになってしまい、心も新たにしばらくぶりの更新です。 昨年は不況に加え、未曾有の大震災に襲われるという、かつてない苦難の年でした。 なんでもない日常が大切だと言うことに気づかされ、大方の日本人の幸福感が大きく変わった年でもあったでしょう。 新しい年を迎えた今年、長く平和と繁栄の中にどっぷりつかってきた日本人の力が試される時でもありますが、なんとか希望の持てる年になってほしいと思います。 こちらもどうぞ←クリック ![]() 言い得て妙と言おうか、これを眺めていると、思わず「ふふふ」と含み笑いをしてしまいます。 確かにそんな風に思った昔々の私たちの気持ちそのままでしたから、これを贈って下さった友人の粋なプレゼントは私の琴線に深ぁ~く響いたのは言うまでもありません。 あの頃は純粋でひた向きだったなぁと思い返していますが、39年経った今、当時のことは忘却の彼方へと追いやられつつあります。 釣られたいと思った当時の気持ちに返って、これからも良い関係の二人でありたいと改めて思わされました。 贈り主の鶴さん!これ何度見ても飽きません。 味のある絵といい、書体や言葉のひとつひとつがとても好きです。 私の大切な大切な記念の品になりました。 ![]() 39年前は半人前もなかったわたしです。 そして そんな私から見て一人前どころか10人前ほどにも思えた夫でした。 今だに一人前とはいえない私ですから、到底追いつくことはできません。 ずうっとその背中を見て歩いてきましたが、おなじラインにつけるのはいつのことでしょうね。 それはそうと11年後の金婚式を目指して・・・となれば ・・・ ちょうど夫の「米寿のお祝い」と重なります。 それまでお互い元気でいられるでしょうか? まぁでも 介護が必要になったら、順番から言ってそれは私に任せてください。 それで私もやっと一人前ということでしょうから・・・。。(*^_^*) これを頂いた経緯はこちらに ←クリック
恒例のOSS美術展が小樽美術館を会場に開催中ですが、3日目にして440名の来場者で賑わっています。
新会長の下、実行委員長も新たに選任され、その上 会場もリニューアールされて、全てが新しずくめです。 今年は真夏の熱い時期ですが(開催日はくじ引きで決められる)有難いことに会場にはエアコンも装備されている。 デジカメ写真、パソコン画、加工写真、手工芸など381点の作品が出品され、会場の模様は新聞にも掲載されました。 また、パソコン画を描いたり、好きな写真を印刷した団扇の製作、レース生地でエコたわしを作るなど来場者に参加していただく実習コーナーが設けられています。 特にお孫さんの写真を印刷した団扇が人気を呼んでいました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
ソースでもなく、あんかけでもない、特製の「塩だれ」で味付けしたご当地グルメ「オホーツク北見塩焼きそば」が人気を呼んでいる。
日本一の生産量を誇る地元北見の玉ねぎとオホーツク海で獲れたホタテを具に、塩ダレにはタマネギと天然ホタテエキスが入り、オホーツクの海水100%の天然塩で仕上ている。 デビュー4年目にして市内27店舗で年間11万食を販売するヒットメニューになっているという。 「オホーツク北見塩やきそば」には、下記のような定義8ケ条が制定されている。 1 道内産の小麦を主原料とした麺を使用する2 豚肉ではなくオホーツク産のホタテを使用する 3 キャベツではなく生産量日本一の北見産タマネギを使用する 4 味付けはソースではなく塩とする 5 皿ではなく、鉄板で提供する 6 協議会指定の道産割り箸を使用する 7 できるだけ北見にこだわったスープをつける 8 シズル感を演出するために魔法の水を用意する (※シズル感てどういう意味なのでしょう?) さて、その噂の塩焼きそばに、このたび訪れた北見で出会った。 写真は北見中心部の高台にあるホテル黒部の塩焼きそば。(850円) 大きな帆立とグリーンアスパラの具のほか、丸焼きにしたホックホクの地元の男爵いも半分が添えられ、フライにした玉葱と糸唐辛子がトッピングしてある。 熱々の鉄板で運ばれてきて、テーブルで塩ダレを回し掛けてくれる。 地鶏の温泉卵を絡めて食べれば なんともいえないトローリとした美味しさが口一杯に広がる。 これはやっぱり塩ダレだからこその美味しさ。 お好みで添えられているレモンをたっぷりふり掛けて食べれば、さらに味に深みが出る。 希望者には ご飯のサービスもある。 熱々の鉄皿なので最後まで温かく食べられる。 北見でなくても どこかのイベント会場で 出会えるかもしれません。 オマケ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「菓子処 大丸」 ![]() 北見に行ったら是非寄りたいところがこのお菓子屋さん。 札幌周辺にはない美味しいお菓子に出会える。 4時間半の道のりをバスに揺られ、7月17日午後2時、久しぶりに懐かしの故郷北見の土を踏んだ。同級生が経営するレストランに向かったが休業で、やむなく北見名物の塩焼きそばが評判だという近くのホテルに行った。 評判どおり美味しく、雨のなか行った甲斐があった。 クラス会は留辺蘂の「塩別つるつる温泉」1泊で、親交を温めることになっている。先ずはホテルの送迎バスの中での対面から始まった。 中学卒業後初めて会う人もいてお互いの変貌ぶりに感嘆の声があがる! どこかしら面影が残る人が大半だったが、往々にして女性より男性のほうが変貌している。 厳しい世の荒波にもまれてきたせいだろうか? 参加できなかった人の中には、消息不明者のほか、脳梗塞で言葉を発せず車椅子生活になっている人や、肺がんの手術で経過が思わしくない人、また持病のため療養中の人がいるという。 亡くなった人も5名いて、参加者は先生他17名だった。 先生は御歳80歳で、御髪が薄くなってはいたが変わりなく若々しかった。 「ここに出て来れる人は幸せだからだよ」と誰かが言った。 参加できたことに感謝したい。 宴もたけなわに昔の愛称が飛び交い、豪華な料理はほとんど手付かずで、話に花が咲いた。 二次会は延々午前2時まで、それぞれの部屋にひきあげてからも夜明けまで話が尽きることがなかった。 唱歌「ふるさと」のメロディーとともに思い浮かぶ風景そのままに、あの頃の懐かしい思い出が蘇ってくる。 それは ほんの短い期間ではあったが、わが人生における忘れえぬ大切な一時期だった。 こうして1泊2日のクラス会は多くの思い出を残し、3年後に札幌での再会を約束して別れた。 若さと美貌?を保つべく、3年後に向けて励みにしたい。(^^♪ 運動会シーズンたけなわの今、子を持つ親にとって運動会は楽しみな大イベントに違いない。例年、私たちはスーパーの運動会用品の売り出し広告で、そのシーズン到来を知らされる。 50年ほど前、私が子供だったころの運動会は、綿アメなどの屋台が並び、さながら地域のお祭りのようだった。 その頃、運動会といえば頭にはちまき、足には足袋が普通だった。 徒競走はいつも4位で入賞は出来なかったが、じゃが芋の皮むき競争で、一等賞になったことが嬉しい記憶として残っている。 もうひとつ忘れられないのは、小学校最後の運動会で、競技の前に全校生徒で行われるラジオ体操のとき、高い台の上でやる代表に選ばれたこと。 6年間の小学校生活の中で、ささやかながら私の勲章とも言うべき出来事だった。 これらの思い出は、じゃが芋の皮をむいたり、ラジオ体操の音楽を耳にするたびに、懐かしく蘇ってくる。 子供の代になって、私の目に驚異に映ったのが前日からの場所取りだった。 当事者にとっては当たり前のことだったのだろうが、そこまでするの?という感じだった。 ある時招かれて行った高島の運動会には更に驚かされた。 ジンギスカンを囲んで親戚縁者総出の大宴会が繰り広げられていたからだ。 子供の運動会の名を借りて、まさしく地域上げてのお祭りだった。 そこで壮絶な場所取り合戦となるのも頷けた。 そういう人にとっては運動会イコール場所取りなのか?と納得した。 ちなみに我が家は一度も場所取りをした経験がない。 夫も私もそういったことに情熱を傾ける気概も根性も持ち合わせていなかった。 幸いと言おうか、孫もいないので、運動会とは久しく縁がない。 小樽しりべしシニアネット(OSS)発足からまる8年、準備段階も含めて9年の歳月が流れました。そもそもOSS(略称)はインターネットを活用し「学び合い、支え合い、繋がり合い」という精神の元、豊かなシニアライフを築こう、 という趣旨で設立されました。 4月現在155名の会員が在籍し、趣味を同じくする者同士が、それぞれのクラブなどで交流を楽しんでいます。 総会・交流会が開催された4月29日は、難産の末に決まった会長のポストを引き継いでいただく特別な日でもありました。 9年の間、私も一会員でありながら、会長である夫をサポートし、常々「入って良かった」と思っていただける会でありたいという強い思いで夫と共に歩んできました。 その間、現在在籍されている会員は勿論のこと、事情で退会された方を含めると259名の方との出会いがあり、それは私たちにとって掛け替えのない財産であると言えます。 総会に引き続き行われた交流会では、新会長から夫に写真のような豪華な花束が贈られ、新旧交代のセレモニーの幕が降ろされました。 今までずっしりと重い荷物を背負って歩いてきた夫には、この日を境に肩の荷を降ろし、一会員としてのんびりとした日々を楽しんでほしいと思います。 そして この日から新しい船出となるOSSに明るい未来を託し、会長としての夫を支えてくださった多くの皆様に感謝しながら、これまでに培われた人との輪を更に育んでいきたいと思っています。
東日本大震災発生から10日が過ぎ、想定外の津波の被害に加え、原発事故が今だ予断を許さない状況が続いています。
一瞬にして家屋はもとより、肉親を失った被災者の方たちには心を痛めるばかりです。 被災地(仙台)に住む同級生に震災後3日を経て連絡が取れ、無事なことが分かり一安心。 ・・・が釜石市に住む友人とは通信手段が断たれ、なす術もなく落着かない日々を過ごしていた。 今日まで一縷の望みを託した携帯電話の発信音に変わって「電源が切られているか電源の届かないところにいて・・・・」という音声が繰り返されるばかり。 そして今日、午前中に近くのスーパーで買い物を済ませ、母の居る病院に向かっていた。 途中、携帯電話が掛かり、見ると登録されていない番号だった。 ボタンを押すと同時に聞こえてきた声に、私は思わず感嘆の叫びを発していた。 それは紛れもなく待ち望んでいた釜石から無事を知らせる電話だったからです。 家は高台にあり無事であること。一時避難所に待機していたが、今は家にいる。水が不足していること。父親と息子さんも無事であること。携帯電話が通じないので、ドコモが被災者に無料で便宜を図っている店から電話していることなどを聞き安堵した。 いずれまた連絡するということで電話を切ったが、何か物資を送りたくても、宅配便も機能していないようなので、今は静観しているしかない。 とりあえず無事で居られることに感謝し、OSS主導の義援金に我が家なりの大枚をはたき募金させて頂いた。 こうした災害は忘れた頃にやってくると言います 幸いにも震災の少ない土地に住む私は、防災に対する心構えが希薄になりがちで、これを機に、もしもの時に備えて日ごろの生活の見直しも大切と思いました。 ツイッター←ここをクリック(今現在3ページまで?)
春の訪れを思わせる陽気が続いている。全ての生物が躍動する季節が間もなくやってくる。
夜明けや日没の時間が日々変化し、ことのほか春の訪れが待ち遠しく感じられる。 生き物が季節を感じ取り、発情期を迎えたり冬眠したりするのは、脳内ホルモンの働きによるらしいが、人間でも季節によって気分が浮き沈みするのは脳内で作られる特有のホルモンによるという。 夜明けが早まるこれからの季節、春ホルモンが働き、うきうきするのはそのためなのだろう。 とはいえ まだしばらくは厳しい北国の暮らしは続く。 そんな折、隠れ家的お食事処「村山」で、仲間数名と会食をした。 雪深い狭い路地裏にある、なにかしらホッとするようなたたずまいのお店である。 店先のほのかな灯りが、私たちを優しく迎えてくれる。 今回はある人のお誘いでこのような機会が得られたが、そうでもなければ知りえない正に隠れ家的お店といえる。 わけありのカップルで訪れるのも悪くはないだろう。 とは言っても残念ながら無粋な私たちには縁のない話ではある。 お店の調度品、コースター、器など、和の趣にも私たち女性は興味をそそられる。 お料理への満足感はもちろんのこと、盛り付けのセンスの良さなど、期待を裏切らない満足度大のお店だった。 下の写真のほかに撮り忘れた蟹のホイル焼きなどもあった ![]() ![]() 大雪に見舞われた一月も終わり、早くも二月。節分の昨日は娘のところの分と合わせて、7本の恵方巻を作った。 有り合わせの具材で(カニ蒲、シーチキン、厚焼き卵、レタス)と(サーモン、イクラ、厚焼き卵、アボガド)という、いたって簡単な物。 今年の恵方は南南東で、恵方に向かって無言で丸かぶりすると幸運を招くらしい? 一応太巻きは作ったが、無言で丸かじりはしなかったので、多分幸運は素通りするだろう。 新年早々建物の突起物にぶつけた頭も、硬膜化血腫の心配もなくどうやら無事に済んだようだ。 【写真は頭をぶつけたビルの突起物。赤い矢印がぶつけたところ。吹雪で視界が悪く黒い矢印の方向に歩くはずだったが・・・】 シニアネット仲間でも滑って転び、骨折した話が聞かれる。 昨年は私もつるつるの道路で滑って膝を打ち、ヒビが入ったような痛みがしばらく続いた。 ラッキーだったのは、浴槽に脇腹を したたか打って、何ヶ月も痛みがとれず、それどころか、段々ひどくなっていたのが、ふと思いついて腰痛用のバンドをしたら不思議なことに2,3日で治ってしまった。 これは昨年の夏から秋に掛けてのことで、数ヶ月たった今は何の問題もなく過ごしている。 病院に行く煩わしさが省けてやれやれである。 こんな具合だから、たまたま検査を受けて命拾いをした人の話を聞くけれど、私の場合は、気づいたときには手遅れになっているということになりかねない。 太巻きの丸かじりもしない割には、幸運だけは呼び込みたいという私だが、今日発表のロトシックスはキャリーオーバーだったので期待していたが見事に素通りされた。 それにしても結構な数の当選者がいるのに、どうしてうちには福がこないのか?と今日も新聞の発表を見ながらため息をついている。
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