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お墓参りと終戦記念日
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今日は65回目の終戦記念日です。
大方の日本人は不戦の誓いを心に刻みながら、この日を迎えているに違いありません。
戦後生まれの私にも、戦争体験者によって語り継がれてきた戦争の悲惨さを、否応無く思い知らされる日でもあります。
昨日は小樽の祝津にある私の実家のお墓に行ってきました。
普段は閑散としているお墓もこの日ばかりは賑わいます。
お盆のお墓参りは、毎年母を中心に滅多にない兄弟が顔を合わせる良い機会でもありましたが、母が病床に臥してからは、そんなことも望めなくなり寂しくなりました。
最近は娘達夫婦とお墓の帰りに母のところに報告を兼ねて寄るのが恒例になっています。
実家のお墓には4歳で他界した長姉「悦子」の名前が刻まれています。
それは姉の生まれ代わりとして、姉を溺愛した両親や親戚の思いをこめて名づけられた私の名前でもあるので、姉の代役には成り得なかった不肖私の複雑な気持ちは、この先もまだまだ続きそうです。
その姉の命日である、終戦直後の8月17日が近づくと、仏前にはいつも決まってかぼちゃが供えられていました。
亡くなったのが父が出征中のことだそうですから、当時の父の落胆ぶりや、母の気持ちを思い巡らし胸が痛みます。
父が亡くなって早30年、現代の進化した世の中を思えば「長生きしたらまだまだ色々な経験ができたのに」と語りかけています。
母の記憶も覚束なくなった今、昔のことで知っておきたかったこと、聞きたいことが沢山あったと、今更ながら悔やんでいます。
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